私の幸せは、ずぼらを受け入れた時から急速した。だからずぼらー会で伝えたいことがある。

ずぼら会

【ずぼら】って、どういうイメージ?
検索したら、だらしないとかネガティブなイメージが多いんだけど、

かなこちゃんはいい意味でポジティブイメージで使ってたのよね?

かなこちゃんへ質問です。
ずぼらー会をやる上での、モットーとか、定義とか何かある?

 

あべともえ ちゃんよりご質問をいただきました。

 

メールで返信したんだけど。

これは以前も聞かれたなーと思ったので

記事にもしようと思いました。

 

さてさて、一般的なずぼらとは・・

デジタル大辞泉の解説

ずぼら

[名・形動]行動・性格がだらしのないこと。また、そのさまやそのような人。ずべら。「悪い男ではないが、ずぼらで困る」

出典:コトバンク

 

この一般的な意味と比較しますと。

私は、今でも私の行動はずぼらな点が多いと思っています。

行動1つ1つは今でも、ほんとーにだらしのない。。
今でもズボンは脱いだ形で脱衣所にあるし、

コートはハンガーにかけることさえ面倒と感じてしない。

見た目だけじゃ分からない?“隠れズボラ女子”10の特徴

自慢じゃないが10個全て当てはまる。

どこか共感する!? 「いくら何でもズボラ過ぎだろ」っていう画像23連発

リンク画像23連発私は共感できる。。

 

ほんと、誰にも迷惑をかけないのなら

完全「ずぼら」でありたい。

そんな思い。

今もどこかにあったりします。

 

しかしながら

この「ずぼら」

社会生活を送る上で

結構な確率で

困りモノでした。

 

この資質故に

教育・指導を受けることが多かった。

 

簡単に言うと、

「あなたのために言うんだけど、

そのだらしのないところ、どうにか修正した方がいいと思うよ。」

この言葉、何度聞いたかわからない。。

 

だからね、

生まれて大半

「ずぼら」な点を

修正する行動を

たくさんしました。

 

そして

「ずぼら=だらしのない」自分は

周囲から

否定されているように

錯覚していた時期が長かった。

(今となってみれば単なる被害妄想だと思う。)

 

だからずぼらはどんなイメージ?

この質問に対しては

ワタシ=「ずぼら」=「だらしのない。きちんとしていない。」

=幸せになれない=「ネガティブイメージ」

こんな図式だった。

 

今、

私は想定していない人生を歩んでいます。

ブログで何かを発信しようとか思っていなかった。

おうちでずぼらー会をスタートするとか考えたこともなかった。

 

ただただ・・

何となく

シアワセを感じたい。

それだけだった気がするんだけど

その感じ方が如何せんぼんやりとしていて。

納得するカタチを

ずっと模索しながら行動していました。

 

笑っちゃうくらいすごく的外れなんだけど。

20代の頃の私は、

 

・公務員と結婚すればシアワセ。

・手に職をつければシアワセ。

・結婚すれば、子どもを産めば、家を建てたらシアワセ。

そんなことを・・本気で信じていました。

 

そして、結婚して子育てホヤホヤの頃も、

 

・お料理上手になったらシアワセ。

・居心地のいいお家になったらシアワセ。

 

シアワセの価値基準が

「自分の心」じゃなくて。

意識していたのは、

「他者の目」だった。

 

 

ただただ・・

何となく

シアワセを感じたい。

それだけだった気がするんだけど。

 

 

私の幸せだけは

 

私が諦めないからね。

 

 

「シアワセ」っぽく感じそうなことや

「負の感情」を除外する行動を

たくさん繰り返しました。

 

そんな中で

自分の

「シアワセ」とか「心地よさ」を

感じられるようになって

軸がどーんとしてきたんだと思う。

 

その時に

「ずぼらでもいっかー。」

「ありのままの私でいっかー。」

やーーーっと思えた。

 

 

「ワタシの幸せ」

こちらからアプローチして

積み重ねた行動は、

「ずぼら」=「きちんとしていない、だらしのない」=「それでも幸せになれるっ」

そんな感覚が広がったのです。

 

「ご覧ください、この“ずぼらっぷり”。

だらしのない行動を積み重ねやすいから、

部屋はすぐこうなりますっ!!」

この写真は、

負の感情を私は抱かない。

「15分あれば元通りになる仕組みをつくったから。」

不安でもないし、イライラしない。

「ワタシの幸せ」から

アプローチして積み重ねた行動ができていて

自分の望む「なりたい、ありたい」

その幸せのカタチが自信となっている“ずぼら”だから。

 

「ご覧ください、この“ずぼらっぷり”。

だらしのない行動を積み重ねやすいから、

私の足はすぐこうなりますっ!!」

この写真は、

超絶に恥ずかしい。

ゾワゾワしちゃう。

「ワタシの幸せ」から

アプローチして積み重ねた行動ができていないから。

自分の望む「なりたい、ありたい」

その幸せのカタチと逸脱している“ずぼらだから”

 

この軸を身につけたことが

「私らしさ」だったり

「私の幸せの価値基準」だったりします。

 

むさ苦しいくらい熱いんですけどね。

 

「面倒くさいから」

「ずぼらだから」

「きちんとしていないしだらしないから」

こんな言葉で

自分の

家事を

暮らしを

人生を

諦めるんじゃないし

片づけるんじゃねーよって話です。

 

人生は

ほんっと面倒くさいし

ずぼらだからという

言い訳で蓋をしたいことも

たっくさんある。

 

でもね、

だからこそ

楽しめることがある。

 

「えっ。

シンプルに暮らしたいのに

片づけたくない。

あ-!!どっちつかずなずぼらね!!

私も持ってるけんわかるわー。笑

あるある。

私の場合はさ、シアワセ基準がココだったから

そのどっちつかずずぼらはこんなカタチにしてみたんよねー。」

 

試行錯誤を共感しあう会や時間が必要だったりする。

 

ずぼらー会のモットーは?ですか・・。

この会があなたにとって、

知るになるのか?
行動するになるのか?
どのキッカケになるのか?

それはわからないのだけれど・・。

私のラクになったんだーをありったけ詰め込むから、

何かが伝わって役立つといいな。

結局シンプルだけど、この答えになっちゃうのよね。

 

 

ご質問者様・・4月来ていただけるんですがね。笑

「適当に楽しんでってー♪」くらいの気持ちで

来てくれるかと思いきや・・

こんな爆弾質問してから。笑

回収する気ですな。プププ。

(そんな面もスキなんだけども。)

そんなわけで

質問の回答になりましたでしょうか?

腕まくりしてお待ちしておりますねっ!

待ってろよー!!

ばいびー。

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